「サンタが街にやってくる」
2008-12-24


本当に本当に推敲もままならずお目汚しではずかしいのですが、怒濤のレシピに隠れてこっそり更新。テーマは「サンタクロースという仮想の切実さ」であります。さぁ、ホントに仮想は切実なんでしょうか。


「サンタが街にやってくる」

僕は、娘へのクリスマスプレゼントを買うために、久しぶりに新宿で電車を降りた。夕方の繁華街はどこも人ごみでほこりっぽかった。もう少ししたらイルミネーションが輝き始め、人々はそれを見上げるのだろうが、今は誰もが寒風を避けるために、つま先を見つめて歩いている。

学生時代に通った道は新しい舗装に変わっていたが、周囲の建物も信号の渋滞も、以前と同じままだった。ぼんやり明るいレストランの窓辺に古くなった文字を見つけたとき、ふとその前を歩く二人を思い出した。一人は僕の親友、いや、親友だった人物だが、今ではなぜか顔も思い出せない。もう一人は、その恋人。彼女が首に巻いていた白いストールと、青みがかったピンク色の口紅。それは今もまだそこにあるみたいに鮮やかだった。彼女のまなざしの先には、親友ではなくて、この街があった。その街の中に、僕は入っているのだろうか。

彼女は、僕が親友に紹介したのだった。僕にはある事情があって(想像するまでもないが)、彼女のことをかなり気に入ってはいたのだが、いや、ほとんど憧れに近いような気持ちを持ちかけていたが、親友に紹介するということで、僕自身の立場を危うくしないことに決めたのだ。事はそのまますんなり運び…運んだように見えたが、たぶん僕一人が、あの日の帰り際に彼女のまつげに光っていた涙を忘れられないだけなんだと思う。彼女は夜空を見上げてこう言った。「これなら、また近くにいられるね」と。それから普通に電車に乗って、笑顔で手を振って帰って行った。僕はホームのベンチで、タバコ3本分考えてから、その言葉を忘れることに決めた。

そんなことを思い出しながら歩くうちに、デパートのおもちゃ売り場に着いた。そこは感傷のかけらもなく、すみずみまでが明るく光り輝く世界。あらゆる陽気な音が重なり合っている。目的の品物を探して配送の手配をし、さらに僕からのプレゼントも選んで包装してもらっている間に、さっきの続きを思い出そうとしてみたが、どうしても「そこ」には戻れなかった。彼女も今頃、家のクロゼットの一番奥に、こっそりと包みをしまっているのだろうか。そしてその中に入っているのは……。

電車に乗ると、ちょうどラッシュアワーの人混みで、包みを抱えているのが一苦労だった。しかし来年の今頃は、二つの包みを持つことになるんだぞ…と思うと、それはそれで幸せな考えと呼べそうな気がした。汗だくで悪戦苦闘しながらそれでも幸せになっている僕を、彼女はちゃんと知っていて、くすくす笑っている、という思いがふとやって来て、そして、静かに去っていった。遠くでかすかな鈴の音がした。

[●文章塾●]

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