現時点での、問題意識のまとめもしくはメモ。
2009-09-28


自分で自分の解説記事を書かないと落ち着かないという変な心境(笑)

そもそもモンテッソーリを読み始めたのは、モンテの動作訓練というものは、生活に根ざしているのではないか?と思ったからです。

生活に根ざす、というのは、私の育児でのメインテーマであります(「育家事」というものを提唱してみたこともあり)。

脳トレや100ます計算の人が口をそろえて「早寝・早起き・読書の習慣」と言うのに(また、それは至極もっともだと思うんだけれど)、その生活習慣から、どうやって、教科教育やら脳の活性化やら創造的発想などにつながっていくのか?そのミッシング・リンクを埋めるためのヒントは、毎日の生活の中にあるに違いないと確信して、エルと一緒に、暗中模索で過ごしてまいりました。

そのエルも、もう6才。諸学説で一致して、一段落する頃です。その機会を捉えて、今まで自分が、がむしゃらに考えたりやったりしてきたことを、ひとまとめにしてみるのも悪くないかも?と。で、手持ちの知識と経験をある程度意識化しておいて、また、ジェイを観察してみると。

モンテを実際に読んでみると、その考え方は、想像していたよりも知的な訓練でありました(という感想を持つのは珍しいかもしれないけれど(^-^;)。教具もたくさんあるし。それぞれがとても注意深くデザインされていて、非常に魅力的であります。ただ同時に、これが考案された時代背景、目的などを注意深く検討してから利用することが肝心という気もします。で、いまその作業を遅々としてやっている途中なのですが。経過報告が後回しになってすみません。

数の側面になみなみならぬ興味を持っているのは、偶然ではありません。以下に、参考になるかもしれない自分の年表を記してみます。

20才 学校で認知発達心理学を専攻。卒論のテーマを決めるにあたって、算数文章題の解答過程を研究テーマに決める。

26才 学生のまま結婚。研究テーマは変わらず。

27才 体調を崩す。研究の行き詰まりも原因の一つ。

28才 学校を退学。心細かった。人生の深淵へどっぷり。

31才 とりあえず、体調もだいたい回復。

32才 エルを出産。自分にやるべき仕事ができたという気持ち。エルは敏感で不安感が強い子で、なかなか私のそばから離れず、大変でした(^-^;

36才 ジェイを出産。エルの時よりずっと気楽。体力はないけれど、経験・知恵・度胸(笑)はある。

38才 数の発達について、新たな見地をみつけた。←これが現在

ざっと、研究をやめてから10年かかって、新しい見方(のヒント)が開けたというわけです。研究の行き詰まりというのは、次のような感じ。

「子どもが問題を解くときに、そのようすを細かく観察するだけでは、不十分なのではないか?」

という実感を持ちながら、研究をまとめたりすすめたりすることが不可能になってしまったのです。文章題がうまく解けない原因は、数の概念や言語発達だけにあるのではない。例えば、動機付け、集中力、性格、生活習慣、生育歴、などなど、その子どもの「全て」のことが、何らかの、よくわからない形で、大きく影響しているに違いない。

…こんなこと考えてたら研究なんてできませんよね。その通り、やめざるを得ませんでした。

で、自分史的にも大きな谷を越えて、エルを出産。エルは敏感で不安感が強く、私から離れない子どもで、3才くらいまで、どこへ行くにもだっこして連れて行きました(ベビーカーは嫌い)。周囲に子どもがいると、公園でもうまく遊べず、ホントにこの子は幼稚園に入れるんだろうか?と不安になりました。が、いまではフツーになじみまくってます。子どもは自分でたくましく育つ(笑)


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